発症から24時間経過して…
前日の朝8時前に左耳の違和感に気づいてから、ちょうど24時間経過した。昨夜は酒も飲まず、7時間ほど寝た。朝起きると前日と同様のプールから上がった時に耳の中に水滴が残っているような閉塞感がある。めまいや耳鳴りはない。
しかし、先日は気にならなかったシャーと言う小さなホワイトノイズがたまに聞こえてくる。そんな症状。
冷蔵庫のモーター音が聞こえにくい…
深夜に気づいたのが、冷蔵庫のあのブーンと言うモーター音が左耳だけ聞こえにくい。振動が伝わるから、もしかしたら聞こえていないのかもしれない。HDDレコーダーの何もしていない時の動作音も聴き辛い。
しかし、目覚まし時計の秒針音は1メートルほど離れていても聞こえるし、パソコンの空冷ファンの音も聞こえる。うーん、よくわからない。
突然、左耳に違和感…
朝8時に起きたら、なぜか左耳に違和感。この日はなでしこの決勝戦で午前5時頃にはありませんでした…
例えると、高層階のエレベーターに乗った際や高い山に登った時のような、あの詰まった感じ。いつもなら唾を飲み込めば治るのに、今回はダメ。気が小さい私は、こう言うのは気になってじっとしていられない。早速、午後に近所の耳鼻科を受診してみると…
突発性難聴かも?と診断される…
聴力検査を受けました。左耳が750から1000Hzが聞こえにくくなってるそう。数値が30db以下だと難聴で、私はそこの周波数でも20dbだから難聴ではないそうです。でも右耳が0dbなので、個人的にはかなりの違和感がある訳です。ちなみに、中耳炎の類でもないらしいので、薬を飲んで様子を見ようと言う診断結果。
夕方時点での感覚は、ちょっとした圧迫感(閉塞感)と1KHz前後の若干の聞こえにくい。めまいや頭痛などもない。自分の声が若干頭の中にフィードバックする感覚があるかなって感じ。とりあえず貰ってきた薬を飲んでみる。
どうやら発症後7日以内の早期治療が望ましいらしく、その意味では発症後7時間だから良しとします。それにしても耳を使う仕事だから何とか悪化しないで欲しいと願うだけです。
もらった薬…
明日から土日で病院も夏休みってことで4日分。
セルベックスカプセル50mg…所謂「胃薬」。朝昼夕食後に1カプセル。
メチコバール錠500μg0.5㎎…ビタミン12製剤。骨髄が赤血球を作りやすくする。朝昼夕食後に1錠。
トリノシン顆粒10%…メニエール病や内耳障害からくるめまいを治す。朝昼夕食後に1錠。
デカドロン錠0.5mg…炎症やアレルギーを抑えるステロイド剤。最初の2日間は朝夕各2錠、後半の2日間は朝夕各1錠。
母は本当に中程度認知症なのだろうか?
実母をちょうど一年ほど前に「軽度認知症」と診断したのは、もう50年近く付き合いのあるかかりつけ医(今は息子さんのB医師に代替わりしているが)。一応、「心療内科」「物忘れ外来」の看板は出ています。
父親(夫)と同じ顔の人が何人も見える?
今年の4月頃に「中程度認知症」と診断が変わった。ある日突然、母から電話がかかってきました。
「お父さんと同じ顔の男の人が家にいる」
「でも、その男は自分は夫だと言う」
「私はお父さんだと思えない。怖いからすぐ来て欲しい」
こんな感じで、私と妹は片道二時間かけて飛んで行きました。
幻視と言うらしい…
認知症の症状の一つに「幻視」と言うのがあり、かなり重い症状であるのは本で読んで知っていました。実際に母に会って話を聞くと、一日の中で数回は本当の父がいると言います。でも、殆どが父に似ている男がいると。でも、その男を追い出すわけでもなく、買い物を頼んだり、食事を作ったり、部屋は別ですが一つ屋根の下で寝ています。これが1か月近く続いたある日…
父が入院した途端に症状が無くなった?
6月中旬のある晩、父が夜中に屋外で転倒し、大腿転子部骨折になり1ヶ月の入院をすることになりました。すると、当然「あの男」はいない訳で、母の幻視症状は全く無くなったのです。その上、何となく「うつ」のように気分の下がっていた精神状態も上向きになってきました。
認知症治療薬が変更に…
その頃、アルツハイマー治療薬が『アリセプト』から『メマリー』に変わりました。かかりつけ医は「薬の効果が出てきた」と言い、私たち家族も安堵しました。
しかし、私には疑問がありました。母は以前から物忘れの類はありませんし、料理の味も変わらず、ただ気分が落ち込んで「やる気が出ない」「死にたい」と言うだけ。これでも中程度認知症と言うのかと。
父の退院に合わせて、また変化が…
約3週間の入院が終わろうとした頃から、母の症状が戻り始めました。その頃の母は「私が全部お父さんの面倒は看られない」「私だって死にたい」と言い出しました。
私の見立て…
こうなることは私には予想できていました。私の見立ては「軽い老人性うつ病」でしたから、かならず戻ると。
二年前に体調を崩し長年勤めていた仕事を突然辞め、その後すぐに顔面神経痛、肘骨折、緑内障手術、親しい知人の相次ぐ死、大嫌いな大地震と、母には辛い試練が連続していたからです。しかし、かかりつけ医はほぼ否定しました。
私の秘策…
そこで、私は認知症治療でない方法を取りました。それは「介護保険認定」を受けることです。
父の骨折は数ヶ月のリハビリが必要なのはわかっていましたから、上手く父の退院までに介護保険の認定が受けられれば、母も安心できるだろうと考えたのです。そして、運良く退院後一週間で介護認定が受けられ、リハビリが始まったのです。
介護が始まったらピタリと無くなった!
ヘルパーさんたちによる父の介護が始まると、母の「幻視」は一切無くなりました。また、気分も上向きになり、声も明るくなり、「死にたい」など言わなくなりました。むしろ、父の入院前より良い状態です。これは何を意味するのか考えました。
精神科医の「物忘れ外来」を受診することに…
私は母の病名をきちんと見極めるために、知合いの紹介である精神科医の「物忘れ外来」を受診することになりました。問診、脳のMRI撮影、血液検査等を受けた結果にビックリしました。
まず、医師が注目したのは…
A医師によると、確かにMRIでは脳の一部に萎縮が診られるが、これをアルツハイマー型認知症とするのは、医師によって差が出るほどの差異だそう。
そして、A医師が注目したのが、幻視が無くなった後の状況がむしろ良くなっている点でした。
次に、医師が注目したのが…
料理の味が変わらない点。一般的な認知症では、まず料理を作れなくなることが多いらしい。料理って、材料を選択し、順番通りに材料を切って調味、最後はお皿に並べると言う実に複雑な工程が必要だから。それが母は料理の味も変わらないし、分量もきちんと量れる。そんなことも認知症と診断するには総計だと言うことらしい。
老年性精神病…
普通の認知症では幻視が無くなった場合は、ほぼ間違いなく認知症が進むのにそれが無いことと、脳の萎縮の程度を考慮すると、病名は老年性精神病、簡単に言うと、急に受け入れにくい環境が押し寄せてきて、それを受け入れられない、受け入れたくないと言う気持ちが、一番身近な夫を認めないと言う方向に向いたのではないか?と言うことです。これには私や家族も目から鱗でした。
血圧降圧剤の副作用…
更に、本来高血圧で積極的な性格が、血圧降圧剤の服用で抑え込まれたような感覚になる患者がいて、それが嫌で降圧剤を飲むのを止めちゃう患者もいるそう。
「自分はどんどんやりたい、やれるはず」なのに、副作用で「やりなくない、やれない」と諦めさせられちゃう訳ですね、その部分は、精神科の薬でコントロール可能と言われました。
今後は、かかりつけ医のB医師に、「メンタル面は知合いの精神科医に診せます」と告げて、認知症治療の部分もB医師からA医師に切り替えるつもりです。それにしても、認知症って難しいですね。
私の体験を…
介護認定を受けるまでの過程は、地元市町村のサイトを見たり、『介護認定を受けるまで - 介護施設・介護情報なら介護の安心ガイド』(リンク)を読むと詳しく解ると思います。私もこれらを参考にして申請しました。今回はこれらには書かれていない体験談を書いてみます。
地域包括支援センターを利用…
私は千葉県在住で両親は東京都在住の所謂「遠距離介護」中です。そこでまず、申請ですが、両親の家の近くの区内の地域包括支援センターにすべて代行してもらいました。電話で事情を話せば、担当者が申請書類など揃えて申請してくれます。
訪問調査…
申請代行をお願いして1週間ほどで、区の委託を受けた介護支援専門員(ケアマネジャー)から訪問調査の依頼がありました。本人(両親)だけでも良いとのことでしたが、両親の認知症もあり、他人の前では格好をつける傾向があったので、私が立ち会うことにしました。
実際の訪問調査は一人30分程度で、簡単な質問や身体の動きについての調査でした。予想通り、人前では両親はがんばっちゃうんですね。ですから、「いつもはこんな感じではありません」と話しました。
のちに現在のケアマネさんに聞くと、この訪問調査は判定に大きな影響は無く、後述する「主治医の意見書」が最大の効果があるそうです。
主治医の意見書…
両親には“かかりつけ医”がいるので、事前に「今度、介護認定を申請しますのでお願いします」と言っておきましたところ、申請の数日後に「要介護・要支援認定申請書(いわゆる主治医の意見書)」を区役所に提出しましたと医師から連絡がありました。
噂によると、この意見書に「アルツハイマー」「認知症」と言う言葉が入っていれば「要介護1か2」は確実だそう。お願いして書く内容が変わるはずはありませんが、先生の前で見せている姿がすべてでは無いので、その面は事前に話しておくのは悪くないと思います。
介護認定結果…
申請から約1か月して、介護認定結果が届きました。父が「要介護2」、母が「要支援1」でした。でも、ここからが一番大変。偶然、私が病院の付き添いをした日でしたので、早速私も良く知る母の友人で介護に詳しい方に電話し、知合いのケアマネさんを紹介してもらいました。
実は、介護認定結果の中に介護施設の問い合わせ一覧が入っています。区の介護保険担当に「どうやってケアマネージャーを探すのですか?」と聞くと、「近くの施設に適当に電話している方が多いですよ」とあっさり。「得意分野とかあるんじゃないですか?」と聞けば、「アタリハズレはありますが、決めて頂かないと先に進みませんから」とこれまたバッサリ。
と言う訳で、(万が一の場合、断りにくいのは承知の上で、急ぎで背に腹は変えられぬと言うことで)知り合い経由でケアマネさんを依頼。早速その日の内に、担当ケアマネさんの上司と、近所の介護ヘルパー派遣会社の社長さんと面会。話はトントン拍子に進み、3日後から介護サービスが始まることになりました。
申請から1か月で認定まで行ったのは早いケースだと思います。私は2か月程度掛かると思ったので、その間にケアマネさんを探したりしようと思っていたので、バタバタしてしまいました。
ケアマネさんだけでなく、ヘルパーさんにもいろんなタイプの人がいるので、時間に余裕があれば介護を受ける人の近所の介護情報を取り込んだ方が良いです。でも、遠距離介護だとそれも容易で無いので、ある程度“運便り”になっちゃいます。やはり、親の交友関係だけはちゃんと把握しておくべきです。それだけでも全然違いますよ。